【LGBTQ 生き方】ノンバイナリーのわたしが観音さまから学んだ「変わる自分」を愛する方法

 

【LGBTQ 生き方】ノンバイナリーのわたしが観音さまから学んだ「変わる自分」を愛する方法

わたしは普段は会社員として働きながら、このブログで日々の気づきとか考えたことをシェアしてる。LGBTQの中でもノンバイナリーに属するわたしの日常に興味があったら是非読んでみてね。

平日は、レディースもののパンツスタイルと最低限のメイク、髪はお団子で会社で一生懸命働いてるけど、休日は、スカートやワンピースで過ごすことが多いというか、それがわたしの1週間で、もう変わらないスタイルになってる。そうやって「自分らしさ」と「社会での役割」のバランスを取ってるの。

わたしも昔は本当に悩んでたんだ。特に、心の中で性が揺れ動くこと、そして相手や状況によって表情や声、着る服まで変わってしまう自分が、誰かを騙しているようで悪いって、ずっと思ってた。この「本当のわたしって何だろう?」っていう問いに答えを出そうとするたびに、いつも心が疲れて、時には自己否定の沼にハマってたんだよね。

でもね、そんなわたしを救ってくれた、人生観が変わるような大きな気づきがあったんだ。それは、「相手や状況によって変わる自分こそが自然であり、そのままの自分で誰かの役に立つことができれば、とっても楽に生きられる。そして、わたしだけの個性なんだ」ってこと。

じゃ、わたしがどうやってたまに陥ってた自己否定の沼から抜け出し、「自分らしく生きてて良いんだ!」って心から思えるようになった小さな気づきのストーリーをシェアするね。

わたしの小さな気づきが、もしかするとわたしと同じような悩みを抱いている誰かの心がフワッと軽くなったり、自分の中の「揺らぎ」を受け入れられるようなきっかけになったら嬉しいな




ノンバイナリーの「揺らぎ」と葛藤:「本当のわたし」の定義を諦めた理由


まず、ノンバイナリーというカテゴリーの人たちが全員同じじゃないので、これはあくまでもわたしのケースだってことで読んでね。わたしの場合、「常に変化し続ける性」みたいなものなんだよね。今日は女性的な表現をしたいと思っていても、明日は中性的かもしれないし、もしかすると男性的かも知れない。この流動性が「わかりにくい」とか「不安定」だと思われるかも知れないし、自分自身でもよく分かんないんだよね。。

相手によって変わる自分は「嘘」?自己否定の深層

わたしが一番苦しかったのは、「一貫性の欠如」に対する罪悪感だったんだよね。仕事で会社員として振る舞うわたしと、週末にスカートで過ごすわたし。また、時間帯でも性表現が違ったりする。これらのペルソナが違うことが、なんか自分の軸がないみたいで、後ろめたく思ったり、誰かを騙しているんじゃないかと思って、ずっと悩んでた。

  • 「会社にいる時のわたしは、週末に友人といる時と違う。それってどちらかを騙してるってことなのかな?」
  • 「休日が『本当のわたし』なら、平日のわたしは『偽物』なんじゃないか?」

当時のわたしは、自分の揺れ動く多面性を「欠点」として捉えてたんだよね。まるで、TPOに合わせて服を変えるように、自分の本質まで変えているような気がして、自己肯定感がどんどん下がってたんだ。「安定した自分」がないとダメだと思って、無理やりある型に自分を押し込めようとして、苦しんでたんだよね。

「LGBTQ 生き方」の問い:自分を定義する必要はある?

いろんなLGBTQに関する本や記事を読んだけど、どこにも明確な答えはなかったんだよね。当たり前だけど、人それぞれ生き方は違うから。でも、その「答えがない」ことが、逆にわたしを焦らせたんだ。

だけどね、あるとき気づいたの。「本当の自分って何?」**って問い自体が、そもそも違っているんじゃないかって。

世間からすると、「あなたは男?女?」って、常に明確な性別であることを求められるよね。でも、わたしの性は、そんな二元論や、言葉で簡単に説明できないの。

わたしは、「本当の自分」を定義することを、もう諦めたんだよね。そして、その代わりに、「わたしは今、どうありたい?」っていう、別の問いを自分に立てらるようになったんだ。


人生を変えた対話:女友達の問いと「相手の役に立つ」という軸


「定義を諦めた」ことで、自己否定の沼からは大分抜け出せたけど、まだ心の中には、「じゃあ、男女どちらを軸にして生きていけばいいんだろう?」っていう不安が残ってた。そんな時、信頼できる女友達との会話が、わたしの生き方に大きな気づき与えてくれたんだよね。

「結局、どうなりたい?どうしたい?」:運命を変えた一言

わたしの中での性の揺らぎや、時間帯や状況、相手によってそれが変わってしまう自分の話をしたとき、彼女はわたしの内側に目を向けて、こう問いかけてくれたんだ。

「ねえ、それで、かおちゃんは結局どうなりたいの?どうしたいの?」

この問いを聞いたとき、心臓を鷲掴みにされたような衝撃が走ったの。わたしは、自分のジェンダーをどちらかに固定しようなんて1mmも思ってなかったことに気づいたんだよね。それよりも、わたしらしく一人の人間として自然な願いが、心の奥底にあったの。

それは、どんな自分であっても「目の前にいる相手の役に立ちたい」っていう強い気持ちだったんだ。

この気づきを得た時、これまでの色んなことが繋がったんだよね。わたしが相手や状況に合わせて服装や話し方が変わるのは、無意識に「自分を守るため」にしてるんじゃなくて、「その状況で相手にとっても自然で、何か貢献できるため」の自然な変化だったのかも知れないって。

  • 仕事の同僚には、プロとして信頼される「会社員としてのわたし」が一番役に立つ。
  • 家族には、ありのままの「愛を注ぐわたし」が一番役に立つ。
  • 女性の友達といる時のわたしは、相手も安心できるような自分でいる。

「相手によって変わる」ことを「相手を騙す行為」じゃなくて「相手の役に立つためのわたしの特性」だって捉え直した瞬間、心がフワッと軽くなったんだ。これこそが、わたしが一番楽に力を発揮できる生き方なんだって、確信できたんだよね。別にLGBTQだからじゃない。わたしだからできること。

観音さまの教え:「33の姿に変化して人を助ける」究極の多面性

この気づきを得たときに、わたしが連想したのが観音さまの存在。私はよくお寺に散歩に行って観音さまを拝むことが多いけど、観音さまって、人々の悩みや願いが違うから、33もの異なるお姿に変化して私たちを救ってくれる。

観音さまとわたしを比べること自体恐れ多くて罰当たりなことだけで、わたしが持つバリエーションなんてせいぜい2〜3種類。でも、そのすべてが「誰かの役に立つことができるかも知れない」と思うと、それって決して悪いことじゃない。観音さまは、「多様な姿を持つことも優しさであり、力である」ってことを示してくれてるのかも知れない。

わたしはちっぽけな人間だけど、「人のお役に立つため、相手に合わせて、その少ないバリエーションの中で変化する。でも、その全部が自分」という生き方をするのは、ノンバイナリーなわたしの多面性を肯定する、最高の方法だと思ったんだ。

これで、わたしがLGBTQどうこうじゃなくて、自分の生き方の軸が定まってきたんだよね。自分のジェンダーがどう定義できるかなんて、どうでもいい。ただ、どんな自分でいても「目の前の相手に焦点を合わせて、その人のお役に立つにはどうすればいいか考えて生きる」。この考え方は、わたしに自信と生きるエネルギーをくれるんだよね。


多面的な自分を活かす:「観音さまミニチュア版」の具体的な実践法


軸が定まってきても、日常生活でどう実践するのかは、やっぱりちょっと難しい面もある。わたしが実際に会社員としての生活や家庭の中で、この「ミニチュア版観音様」の生き方をどう目指して実践していくのかについてちょっと考えてみたよ。

実践1:TPOは「相手への愛」として捉える

会社では相手にフォーカスを当てて「社会人として相手に不快感を与えない」ことを最重要視する。そうすれば自分の性の揺らぎもよりも、相手はわたしに何を望んでるかがが分かれば、その相手の期待に応えるべく最大限頑張る。そうやって成果を上げながら信頼関係を構築していく。そうすれば相手もわたしの性の揺らぎなんてそれほど気にしなくなって、「そういう人なんだ」って自然と理解してくれるようになり、信頼関係も深まっていく。それで結果的には会社にも貢献することができるもんね。

  • 「役割や状況」に合わせて自分が変わるのは、偽りじゃなくて思いやりや愛なんだって思うようにする。
  • 「相手の役に立つ」という目的があるから、どんな格好でも、どのペルソナでも、すべてが「本当のわたし」なんだ。

反対に、休日に一人でいる時にスカートを履いたりワンピースを着ているのは、「わたしが自分らしくいるため」で、自分に対する思いやり。好きな格好していることで心のエネルギーが満たされるし、心が満たされれば、結局は家族や友人の役に立つことができるようになると思う。

実践2:家族と共有する「わたしのバリエーション」

わたし自身が自分の多面性を受け入れて、無理して何かを演じようとしないこと。揺らぐなら、揺らぐままで。それがわたしのありのまま。そうやって自分なりの自然体で生きていれば、いずれ、周囲もわたしのすべてのバリエーションと調和が取れるようになると思う。

これは、わたしが「自分のありのまま」を隠さず、自分以外の誰かの役に立とうと懸命に生きる。そうしている限り、わたしはどこでどんなペルソナが出て安心していられる。他者は自分の鏡って言われる通り、わたしが自分らしくいて相手に心開いていれば、相手も同様にわたしに対して心開いてくれるはず。

実践3:ノンバイナリーならではの「共感力」を仕事に活かす

わたしの中にある男性性と女性性。この両方のものの見方、つまり、これって多様な視点を持ってるとも言えるよね。この視点を、仕事でもプライベートでも「人とのコミュニケーション」に活かしていこうと思う。

  • 男性の同僚・友人の悩みには、男性としての経験を踏まえて寄り添える。
  • 女性の同僚・友人の悩みには、自身の中の女性性に基づいて寄り添える。

この「両方の視点を持っていること」が、ノンバイナリーで性の揺らぎを抱えるわたし独自の武器にもなると思う。こうやって多角的に人を助けられるようになれば、わたしの誇りになるはずだし。




心が楽になる!「LGBTQに捉われない生き方」を続けるための7つのマインドセット


結局、LGBTQであろうがわたしは一人の人間なので、どう生きるかは、自分自身との対話を続けることであり、社会との関わりだよね。孤独を感じたり、自信を失ったりしたときに、わたしが自分を支えるために使っている、7つのマインドセットをシェアするね。

マインドセット1:罪悪感は「それがわたしらしさ」だと変換する

「揺らぐ自分は悪い」という罪悪感が湧いたら、すぐに「これはわたしらしい自然な変化であり流れなんだ」と変換する。わたしが変化するのは、きっと誰かのお役に立つためだって思いこむ。そう考えるとめっちゃ楽になるからね。

マインドセット2:「流れ」に抗わず、ジェンダーを川のように捉える

ノンバイナリーであるわたしのジェンダーは、「川の流れ」のように捉える。流れは止まらないし、常に変化するもの。無理に定義したり、流れることに疑問を持ったり、流れに抗って疲れたりしないで、ただその流れに身を任せて楽しんでみる。

マインドセット3:一人称は「わたし」で、性別を曖昧にする自由を楽しむ

わたしは一人称を「わたし」とか「自分」にしてるけど、これは性別を明確にしない、曖昧さの自由を楽しむためでもあるのかも。言葉遣いや服装で、自分の性別を限定しない自由を、意識的に楽しんでみよう。

マインドセット4:「自分を満たす行動」を毎日1つだけやる

毎日最低1つだけ、「自分の正直な気持ちを満たす行動」をしてみる。わたしは、好きなメイクをしたり、しなかったり、その時に着たいと思う洋服を着たり、やりたいことをやる。この小さな行動が、「自分を満たす」ことになり、また頑張ろうっていうエネルギーになる。

マインドセット5:自己肯定感を高めるための「日々の感謝」

毎日、「今日、わたしが生きているのは周囲のお陰」だって感謝をする。いつも通勤途中にあるお寺で、手を合わせてるんだけど、何か願いことするんじゃなくて、人知を超えた大いなる何かに感謝を伝える。私は無宗教だけど、それでも世の中には何か大いなる力があるとは思っているので、こうやって感謝を伝えると、すごく心が平穏になるんだよね。

例:「いつも見守って頂いてありがとうございます。こうやって生かして頂いてありがとうございます。今日も誰かのお役に立てるよう精一杯頑張ります」

これを続けると、「わたしの存在にはきっと意味がある、何かの使命があるはず」っていう自信が育っていくのを感じるよ。

マインドセット6:LGBTQの中の多様性の1つとして自分を捉える

LGBTQって枠に捉われず、 「誰かの真似」なんてしなくていい。わたしはわたし。同じノンバイナリーでも多様性があるわけだから、そういうストーリーを見聞きした時、「彼らの生き方でわたしにとって参考になること」を探してみる。すると、さらに楽になったり幸せになったり、より周囲のお役に立てるヒントが見つかるかも知れないし。でも、最終的にはわたしはわたし。その独自性を忘れない。

マインドセット7:失敗を恐れず、「挑戦」を軸にする

「揺らいで変わるわたし」で生きていると、時には社会的な抵抗を受けることもあるかも知れない。でも、それも乗り越えるべき壁。「自分らしく生きることに対する挑戦を止めないこと」が、わたしの生き方の核にする。失敗したって死ぬわけじゃないし。ただ「今回はこのバリエーションが相手の役に立たなかった」と考えて、また次の挑戦に活かせばいいし。恐れる必要なんてない。


【まとめ】「LGBTQ 生き方」には様々なバリエーションがあって、答え自分の中にある


今回はノンバイナリーのわたしが気づいた「性の揺らぎを持つ自分を大事にする生き方」についてシェアしてみた。もちろん、これが誰にでも当てはまるわけじゃないし、LGBTQ 生き方の答えなんてどこにもない。だから、誰かに教えてもらうのを期待するんじゃなくて、自分の内側にある軸を見つけることしかないと思う。

わたしのこの気づきは、女友達からの問いかけと、「観音さま」というひらめきの意外なところから生まれたけど、その核心は、「生きてるんだったら誰かの役に立ちたい」という、わたしの人としての単純な願いだったの。

もう一度、わたしの大切な気づきをまとめるね。

  • 「揺らいで変わるわたし」は川の流れのようなもの。それは、相手の役に立つためにも役立つし、決して偽りじゃない。すべてが自分。
  • 自分のジェンダーや性的表現の揺らぎは、多角的な視点で人を助けられる可能性を持ったわたしのオリジナルな個性。それを生かして行こう。
  • 「誰かの役に立つこと」を軸に据えれば、LGBTQ 生き方における自分なりの1つの答えとして、ブレない、確固たるものになっていくはず。

わたしはこれからもノンバイナリーな自分として、日常に起こったことや、気づいたことをこうやってシェアしていくね。でも、これは押しつけでもなんでもなく、わたしはそう思ったよっていう1つの考え。それが正しいかどうかなんて分からない。自分の揺らぎを個性として受け入れ、自分らしく楽に生きるための小さな行動を始めてみると楽になったよっていうこと。

LGBTQ 生き方じゃなくてわたしという人間の生き方が、誰かの役に立てるならそれ以上嬉しいことはないよね

 

LGBTQの意味とわたしのノンバイナリーな日常

はじめに:LGBTQって何?その意味を知ることから始めよう

「LGBTQってよく聞くけど、正直よく分からない」
そんな声、まだまだ多いと思う。だって、当事者であるわたしも昔はそうだったから。

LGBTQとは、性的指向や性自認の多様性を表す言葉です。
それぞれの頭文字には意味があります。

– L:レズビアン(女性同士の恋愛)
– G:ゲイ(男性同士の恋愛)
– B:バイセクシュアル(両性愛者)
– T:トランスジェンダー(出生時の性別と自認する性が異なる人)
– Q:クィアまたはクエスチョニング(既存の枠に当てはまらない、または探求中の人)

この言葉は、誰かを何かのカテゴリーに無理やり分類するためのものではなく、「多様な生き方があることを認め合う」ためのもの。

ちなみに、わたし自身はノンバイナリー。

心の性は男性でも女性でもなく、その間というか、時間帯によって行ったり来たりすような感覚かな。
これって結構説明が難しいんだよね。。

性的表現と性的指向は女性で、奥さんと子どもが2人います。

今は会社員として働きながら、平日は最低限のメイクと女性もののパンツスタイルで通勤してるよ。

髪は胸のあたりまで伸ばしていて、会社では後ろでお団子にまとめています。
下着も女性ものを着けています。

土日はスカートやワンピースで過ごすことが多いかな。

って、まぁこうやって説明するのも普段はあんまりしたくないんだよね。

正直なところ、これってめっちゃ個人的な情報だし、あんまり話したくないし、触れられたくない話題でもあるんだよね。

だって、一般的に自分の性別を詳しく話すなんてことしないでしょ?

だから、それはわたしも同じです。

わたしはわたしなので、あんまり性別で括られたくないっていうのが本音です。

まぁ、ここでは話しちゃいますけどね。



わたしのノンバイナリーな日常

最近は仕事が忙しくて、毎日残業続き。
正直、めっちゃ疲れてました。

でも金曜日は少しだけ早く終われたので、
半年ぶりに美容院へ。カットと縮毛矯正をしてもらいました。

髪の毛がつるつるになって、前髪もすっきり。
鏡の中の自分を見て、思わず笑顔になりました。

そのまま一人でカラオケへ。

昔の曲から最近の曲まで、思いっきり歌ってストレス発散。

時間忘れてめっちゃ歌って楽しかった!

帰宅後は、好きなYouTubeを見ながら華金ひとり飲み会。

誰にも気を使わず、心行くまでお酒を楽しむ時間。
こういう癒しの時間があるから、また頑張ろうって思えるんだよね。

これは、とある金曜日のわたしの日常です。

ノンバイナリーであることは「曖昧」じゃなく自然なこと

ノンバイナリーって、よく「中途半端」とか「曖昧」と言われがち。
でも、わたしにとっては自然なこと。

男性的な部分も、女性的な部分も、どちらも自分の中にある。

それを否定せず、受け入れて生きることができるようになってからは、
とても自由で、心地よいって思える。

だって、どちらも「わたしらしさ」だし、どちらかを否定する必要なんてないからね。

家族との関係:無理にカミングアウトする必要なし

わたしには妻と子どもが2人います。
最初は戸惑いもあったと思いますし、それがなくなることはないと思う。

でも、わたしが自分らしく生きることを選んだとき、奥さん子供もそれを
否定しなかった。

もちろん、すべてが順調だったわけではないし、今も100%理解できているわけじゃない。

そして、ウチの解決策は、無理にジェンダーのことを話さなくなったこと。

家族との関係は、性別や服装よりも、「どれだけ大切に想ってるか」だから、
別に言葉が全てじゃない。

だから、無理に理解を求めたりとかしないし、自然なままでいる。

それで続いてるから、それで良いと思う。

わたしもジェンダーの話したいと思わないし。

それはあくまでもわたしのケースであって、それが誰にとっても良い解決策じゃないと思う。

会社での過ごし方:わたしらしさと社会とのバランス

会社では、最低限のメイクと女性ものの服で通勤しています。

パンツスタイルが基本ですが、髪は長く伸ばしていて、後ろでお団子にまとめています。

最初は周囲の目が気になったこともあったけど、もう何年もこのスタイルだから、それで自分も周囲も慣れちゃった。

わたしが大切にしているのは、「自分を偽らないこと」と「周囲への配慮」のバランス。

無理に目立とうとしないし、でも、周囲に不快な思いはできるだけさせたくないし、それでも自分らしさは守る。

その姿勢を続けたことで、少しずつ自分と世界のバランスが取れてきて、結果、周囲の理解を生んでいる気がする。



LGBTQの意味を知ることは、誰かを理解する第一歩

LGBTQの意味を知ることは、「誰かを理解しようとする気持ち」の表れ。

わたしのようにノンバイナリーで、日常の中に小さな葛藤や喜びがある人はたくさんいる。

その存在を知ってもらえるだけで、「ひとりじゃない」と思える瞬間が増えるんです。

LGBTQっていうと、すぐにトイレとかお風呂とかの話になるけど、わたしの場合、そもそも目立ちたくないから、トイレはなるべく行かないし、行ってもオールジェンダートイレで、できるだけ短時間で済ませるか、もしくはコンビニとかの誰でも入れるようなトイレに行く。

お風呂だって、女性の方に行きたいなんて微塵も思わないよ。

だから、多少変な目で見られても男性側に入るのが当たり前だし。

そもそもお風呂大好きだから、銭湯や温泉はよく行ってる。

LGBTQは特別な人たちの話じゃない。
誰もが「自分らしく生きられる」。そんな世界になったらいいな。

まとめ:わたしが伝えたいこと

わたしはノンバイナリーで、日々の生活で自分らしさをうまく確立させてきた。

そんなわたしの日常は、LGBTQの意味がどうかなんてあんまり関係なく、わたしらしさを体現してるだけ。

この記事が少しでもLGBTQに対する理解を深めるきっかけになってくれたら嬉しいな。

そして、誰かが「自分らしく生きていいんだ」と思えるようになってくれたら最高!

鴨川を歩くわたしの休日──ノンバイナリー会社員の京都ライフ

こんにちは!かおちゃんです。

普段は京都で会社員として働きながら、ノンバイナリーとしての自分らしさを大切にして暮らしてます。
今日は、10月の三連休最終日に鴨川を歩いたお話を、ちょっとだけ綴ってみるね。

「わたしらしさ」で歩く鴨川

朝はゆっくり起きて、気温は26℃。秋の風が心地よくて、ふと思いついてお気に入りのスカートをはいて、軽くメイクして、鴨川へお散歩に出かけました。
ノンバイナリーな自分らしい格好でお出かけするのって幸せ。

鴨川の風は本当に気持ちよくて、最初はちょっと歩くだけのつもりだったのに、気づけば五条大橋を越えて、四条、そして三条まで歩いちゃった。
途中で汗をかいてメイクが崩れちゃったけど、それでも歩き続けたのは、鴨川の景色があまりにも美しかったから。

幸せそうな人たちに囲まれて

四条大橋のあたりは人がいっぱい。鴨川沿いには、まるで約束でもしたかのように等間隔で座る人たち。日本人だけじゃなく、インバウンドのカップルもたくさんいて、みんな幸せそうにくっついて座ってた。

そんな光景を見ていたら、わたしも自然と笑顔になって、心がふわっと軽くなった気がしたよ。
そして、私もこうして自分らしく過ごせる時間があることに感謝してる。

なので、わたしも疲れてきたし、ちょっとだけ座ってみたよ。

座ってぼーっと鴨川の流れを見てたら、なんかすっごくいい気分になった。

ノンバイナリーとしてのわたし

「LGBTQプラス」という言葉が少しずつ広まってきた今でも、ノンバイナリーという存在はまだまだ理解されにくいと思う。

わたしは男性として生まれ、女性が好き。でも、心の性はどちらでもなく、どちらでもある。
そんなわたしが女性ものの服を着て、メイクをするのは、表現する性が女性だから。

でも、わたしは女性になりたいわけじゃなくて、綺麗になりたい。
そうやって「わたしらしく」生きたい。

誰かの期待に応えるためじゃなく、自分の心に正直に、優しく、明るく、前向きに。
それが、わたしがノンバイナリーとして選んだ生き方なんだよね。



鴨川が教えてくれたこと

三条大橋では、池田屋騒動の刀傷が残る擬宝珠を見て、歴史の重みを感じたよ。

その後、Google Mapsで偶然見つけた六条河原処刑場跡。

今は草が生い茂る静かな場所だけど、かつては命が奪われた場所だったと思うと、なんとも言えない気持ちになりました。

でも、そんな場所も、今は平和な散歩道の一部。

過去の痛みを抱えながらも、今を生きる人々の笑顔がそこにある。
それって、わたしたちLGBTQプラスの生き方にも、どこか通じるものがある気がするかも・・・なんて考えてた。

歩いた14,000歩と、心の距離

結局、わたしは14,000歩も歩いちゃった。

汗だくにはなったけど、心はすっきり。

鴨川を歩いたことで、わたしは自分自身と、そしてこの街と、また少しだけ距離が縮まったような気がしたよ。

この日のお散歩は、YouTubeにもアップしようかなと思っています。

わたしのように、ノンバイナリーとして生きる人が、少しでも「自分らしく」いられる時間を持てるように。
そして、LGBTQプラスの仲間たちが、もっと自由に、もっと幸せに暮らせる社会になりますように。

最後に

わたしは、これからもノンバイナリーな自分に素直に生きていきたいな。

誰かに認めてもらえなくても、自分自身を大切にしたい。

大好きなお洋服を着て鴨川を歩くことも、わたしにとっては「わたしらしさ」のひとつ。

LGBTQプラスの世界は、まだまだ誤解も偏見もあるけれど、わたしたちは確かにここにいて、笑って、泣いて、歩いてる。
そんな日常のひとコマが、誰かの勇気になったらいいなぁ。

またいつか休みの日に鴨川を歩こう。

🌈 **「LGBTのQ」ってなんだろう?ノンバイナリー会社員の秋のつぶやき** 🍁

9月になって、ようやく涼しくなってきましたね。

わたし、暑いのほんっっっとに苦手で…夏の間は家にこもりがちでした。

せっかくの休日も、外に出る気力が湧かなくて、YouTubeの動画も全然作れなかったの。

わたしのYouTube

だから、今のこの涼しさが嬉しくて仕方ない。メイクも汗で崩れないし、パンツスタイルの通勤も快適になってきたし、何より休日はスカートやワンピースで気持ちよくお散歩できる季節がやってきた!

でもね、秋って短い。秋服って可愛いのに、着られる期間がほんの一瞬なのが残念…。

この前、パンパンになったクローゼットを整理して、ちょっとだけ洋服を処分したの。

わたし、洋服が大好きで、ショップに入るとつい買っちゃうタイプだったんだけど、これからはちょっと節約モード。

だって、毎シーズン可愛い服が出るから誘惑がすごいんだもん。
店員さんに「これ似合いますよ〜」なんて言われたら、断れなくてつい…ね。

🍂 **秋の楽しみとダイエットとQなわたし**

秋といえば、食欲の秋。

でも、太るとお気に入りのスカートが入らなくなっちゃうから、今年はちょっと頑張ってみようと思ってる。

最近はお菓子を控えて、炭酸水を飲むようにしてるの。

空腹が紛れるし、コーヒーの量も減って一石二鳥。お散歩も再開したいな。

涼しい風に揺れるスカートって、ほんとに気持ちいいんだよ。

さて、今日はちょっと真面目な話。

改めてだけど、「LGBTのQ」って、みんな知ってるかな?

LGBTQの「Q」には、実は2つの意味があるの。

「クエスチョニング(Questioning)」と「クィア(Queer)」。わたし自身はノンバイナリーで、心の性は男性でも女性でもない。

だから、「Q」の中でも特に「クィア」という言葉に親しみを感じてる。

「クィア」って、昔は侮蔑的に使われていた言葉だったけど、今では「既存の枠に収まらない性のあり方」を肯定する言葉として使われてるの。

わたしみたいに、身体は男性だけど、女性の服を着て、女性らしい振る舞いをして、でも心はどちらでもない…そんな人を包括する言葉なんだよね。

一方で「クエスチョニング」は、自分の性自認や性的指向がまだ定まっていない、もしくは定めたくない人のこと。

わたしも昔は「男性として生きるべき」と思ってたし、女性が好きだから「普通の男」だと思い込んでた。そして男性として結婚もしたし、子供もいるよ。

でも、違和感はずっとあって。

スカートを履いたときの心地よさ、女性らしい言葉遣いがしっくりくる感じ…それを無視できなくなったの。

だから、「Q」ってすごく大事な言葉だと思うの。

自分の性を「決めない」自由。既存のラベルに縛られない生き方。

わたしは「ノンバイナリー」って言葉に落ち着いたけど、それも「Q」の中にある選択肢のひとつ。誰かに「男なの?女なの?」って聞かれても、「どっちでもないよ」って笑って答えられるようになったのは、「Q」の存在を知ったから。

🌟 **「Q」って言葉があるから、わたしはわたしでいられる**

会社では最低限のメイクをして、女性もののパンツスタイルで通勤してる。

髪は胸まで伸ばしてるけど、会社ではお団子にまとめてる。下

着も女性もの。

最初は勇気がいったけど、今では「これがわたし」って胸を張って言える。

もちろん、周りの理解が必要だし、まだまだ偏見もあると思う。

でも、わたしが「Q」であることを隠さないことで、誰かの勇気になれたらいいなって思ってる。

土日はスカートやワンピースで過ごすのが楽しみ。

鏡の前で「今日のわたし、可愛い!」って思える瞬間が、何よりの幸せ。

🍁 **この秋、Qなわたしは好きな格好で歩く**

秋って、ちょっとセンチメンタルになる季節だけど、わたしにとっては「自分らしさ」を再確認する季節でもある。

好きな服を着て、好きな場所を歩いて、好きな自分でいること。
それが「Q」の精神だと思うの。

「LGBTのQ」って、ただのアルファベットじゃないんだよね。

それは、わたしが自分らしく生きるための、大切な選択肢。

誰にも決められない「わたし」を、わたし自身が認めてあげること。それが、わたしの秋の決意です。

好きな格好して炭酸水片手にお散歩に出かけよう。
わたしはこれからも「Q」だし、そんなわたしで今日も前向きに生きていきます。

参考:
[LGBTQ+のQとは?クエスチョニング・クィアの意味と背景]

足立区議会議員の問題発言について

スポンサードリンク



2020年9月25日にあった東京都足立区議会の自民党議員の白石正輝氏によるLGBTに関する問題発言。

あれ、すごいショックだった。。

LGBT巡り“足立区が滅ぶ”発言 炎上の自民長老議員の主張と事実誤認

だって、過去にも自民党の杉田水脈衆議院議員が2018年7月に発売された月刊誌で、
「彼ら彼女らは子どもを作らない、つまり『生産性』がない。そこに税金を投入することが果たしていいのか」
って言って大炎上したよね。

そして、また同じ9月25日にこの杉田水脈衆院議員は党の内閣第一部会などの合同会議で、
女性への暴力や性犯罪に関し「女性はいくらでもうそをつけますから」と発言して、
これまた炎上。

杉田議員、女性はいくらでもうそ 自民党の合同会議で蔑視発言

そこに畳み掛けるように今回の白石議員の問題発言。。

いやー、ここまでくると、さすがにわたしも当事者の一人として黙っていられないよ。(; ・`д・´)

というわけで、わたしのラジオではこの件について複数回にわたって話してます。
是非聞いてみてね。

男?女?かおちゃんのノンバイナリーなジェンダー話

ラジオでも話したけど、それでも全然収まらないので、このブログでもわたしなりの意見を書くね。

白石議員の発言に関する記事を読んでて思ったけど、そもそも少子化問題ってLGBTQが原因じゃない。

例えば、子供産みたくても、核家族かつ共働き世帯だったら、子供を託児所に預けたくても
空きがなくて預けられなかったり、周囲のサポートが得られなかったりと、子供を育てるのに
十分な環境が整えられていない状況がそこらじゅうにあることだって1つの大きな原因なのに、
LGBTQを原因としていることがお門違い。

じゃ、LGBTQを排除したら少子化問題は解決するの?

解決なんかするわけないよね。

白石議員の発言には突っ込みどころ満載。

「日本人が全部L、日本人が男は全部G、次の世代生まれますか?」

って、みんながレズビアンやゲイになるわけないでしょ?

わたしはQで、Xジェンダーかつノンバイナリーって自認しているけど、それを公表したからって、他の人が影響受けてみんなQになるなんてあり得ない。

その逆もまたしかりで、わたしがLやGの話を聞いたからと言って、そのカテゴリーになるわけない。

実際、わたしの会社にはGやTの方もいらっしゃって、共にLGBTQの活動しているけど、互いの話に興味はあっても、そのセクシュアリティーになることなんてないもん。

だから、まずここからロジックが破綻してるよね。

スポンサードリンク



「LとGについてだけは、もしこれが足立区に完全に広がってしまったら、足立区民いなくなっちゃうのは100年とか200年の先の話じゃない。私たちの子どもが一人も生まれないということ」

セクシュアリティーは、新型コロナウィルスのような感染症じゃないんだから、足立区に完全に広まることなんてあり得ない。

論外もいいところ。

「足立区では、性の多様化やマイノリティーの保護についての教育が結構されているが、 一方で、子どもを産んで育てることが人間にとってどんなに大切か、教えているように私には思えない。 それがどうかと思って発言した。それで、例えば、日本人がLやGだったら次の世代の子どもがゼロですよと。これじゃ国が、足立区が滅ぶでしょと。 」

子供を産んで育てることが大切なのは分かってるけど、そもそも育てる環境が不十分な状況については、ほとんど言及していないよね。

少子化を教育の問題にしているのが意味わかんない。

さっきも言ったけど、日本人が全員LやGになることなんてない。セクシュアリティーは生まれつきのものだからね。

LやGの存在で国や足立区が滅ぶって、理論飛躍しすぎでしょ。

「保育料を全員無料にするというような子どもの人数に関係ない政策ではなく、第2子は半額、第3子は無料になるというようなメリハリが必要だ。」

これもね、そもそも第1子だけでも育てるのが大変なんだから、1人生むのは当たり前みたいな政策じゃ2人目産もうなんて思わないよ。

「LGBTを認めないということではなく、法律的に擁護しなきゃいけないことではないと思っています。渋谷区とか世田谷区が(同性間のパートナーシップを認める)条例を作ったでしょう。ああいうのは必要ないという考えです。 」

いや、LGBTQにだって人権あるよ!
同じ人間なんだから。

犯罪を犯したわけでもないのに、法律で擁護されないってどういうこと??

わたしのラジオでは、LGBTQは左利きや名字「佐藤」さんと同じくらい、7%の割合で存在してるって言ったけど、日本の民間団体による調査では、「LGBTは人口の8%-10%前後」、つまり「10から13人に1人」が通説となってるみたい。

では、仮に8%とすると、足立区の2020年10月1日現在の総人口が691,827人だから、その8%は55,346人。

この想定されるだけでも5.5万人いる足立区民を無視するなんて、あり得ない。
この5.5万人だって、きちんと税金払ってるのにね。

税金払っても法律で擁護されないって意味不明すぎる。。

そのLGBTQの人について、

「私のまわりにはまったくいないし、ニュースの報道の範囲しか知りません。会ったことがない。」

って言ってるけど、わたし達だってカミングアウトする相手は選ぶよ。慎重に。

こんな発言する人にカミングアウトなんてしたら、何の利益もないどころか、むしろ当事者にとっては不利益にしかならないんだから、目の前にいたって言うわけないよね。

だから知らなくて当たり前。

「LとGは、楽しいからと選んでいると思いますよ。それはそれで、身近にはいないけど、そうだとしても否定も拒否もする気はないよ。 」

この発言も大きな問題。

LとGはセクシュアリティー、つまり生まれつきのものであって、後天的に選んだものじゃない。

それはわたしだって一緒。
Qになろうと思ってなったわけじゃない。

「産めない人に産めという気はまったくないです。男に子どもを産めというのと一緒だから。産める人はちゃんと産んでくださいよと。産む、産まないは自由です。でも女性の自由だから産まないとみんなが言ったらどうなる。親は誰が面倒をみますか。年を取ったら社会保障に頼って生きていくんだから、誰が社会保障の金を出すのか。社会保障は人口が減って税金が入らなければ維持できない。生産労働人口の減少を食い止めなければ。」

この発言はいきなり矛盾してる。

産む産まないは自由と言いながら、産める人はちゃんと産んでくださいってどういうこと?

これ、なんか戦前のスローガン思い出した。。

1941年の日本の総人口は7350万人で、軍国主義を支えるため、子供を5人以上産むように国として「産めよ、殖やせよ」ってスローガンを使って、兵力や労働力を増強しようとしてたよね。

こういう思想の押し付けって恐ろしい。。

それが白石議員の言う「教育」なのかな?

だとしたら、ヤバイよね。。

そして極めつけは、

「謝罪する気は全然ありません。辞職は全然考えてもいない。そういう圧力をかけようとすること自体が間違っていると思います。 」

こんな発言して、まだ議員続けるなんて許されないよ。

この発言で、足立区のダイバーシティーに関するイメージが大きく下がったことは間違いないし、当事者からすると、こんな議員がいる足立区に住みたいとは思わないよ。

たとえこの人が辞職したところで、すぐにイメージアップはできない。

だって、他にも白石議員と同じ考え方を持つ議員がいると考えちゃうからね。

もし本気で足立区がイメージアップするんだったら、まずはこの白石議員を辞職させ、それから
同性間のパートナーシップ条例を作り、議会の議員にもLGBTQの当事者を採用し、さらには学校にも同様にLGBTQの先生を招き、そして、学校制服も自由化するくらいの勢いは必要だよね。

というわけで、とにかく今回の白石議員の問題発言には色々と思うところがあったので、このブログにも書かせてもらいました。

でも、この件は、ラジオでもまた話すので、是非聞いてみてねー!

男?女?かおちゃんのノンバイナリーなジェンダー話

今回は、すっかり長くなっちゃったけど、最後まで読んでくれてありがとーーー(^▽^)/

スポンサードリンク



ブログ投稿の励みになるので、是非、以下ブログランキングのボタンをポチッと押して応援してくださいねー!

ラジオのテーマ募集します!

スポンサードリンク



夏休みも終わっちゃったね。。

なんだか、ずーっとコロナ禍で帰省もできず、ゴールデンウイークの時と
同じように、夏休みもどこにも行けず、自粛生活・・・

毎日料理したり、YouTubeの動画やDVD借りて来て見たり、本読んだり、
ストレッチや運動したりと、色々やってみたよ。

だけど、わたしはずっと家にいるとストレスなので、適度に一人でドライブに出かけたり、
あっくんとラジオ撮ったりして、適度に楽しみを作って過ごしてたよ。

ラジオは少しずつ色んなテーマで地道に収録しているので、是非聞いてみてね!

男?女?かおちゃんのノンバイナリーなジェンダー話

最近のRadiotalkでは、質問できる機能もついたので、何か聞きたいことがあれば、
是非質問してみてね。

毎回何のテーマについて話そうかなぁと悩んでるので、質問してくれると
すっごく助かります。

リスナーさんもどんなテーマに興味があるか分かると、わたしも話やすいので。

ラジオ始めた時は、LGBTQに関するテーマについて色々と話そうと考えて
いたんだけど、収録回数が40回超えてくると、さすがにテーマがちょっと
なくなってきちゃった。。(;^_^A

ラジオやってて思うことは、わたしがテーマを選ぶよりも、皆さんが聞きたいこと
について話すのがベストだってことかな。

わたしがテーマ選んでも、皆さんが聞きたいかどうか分かんないから、
どうせだったら、皆さんが聞きたいテーマについて話したいな。

ということで、ラジオで皆さんが聞いてみたいテーマについて募集します!

「質問する」ボタンを押して、遠慮なく質問してみて下さいね。

よろしくお願いしまーす!

男?女?かおちゃんのノンバイナリーなジェンダー話

スポンサードリンク



ブログ投稿の励みになるので、是非、以下ブログランキングのボタンをポチッと押して応援してくださいねー!

スペシャルゲスト登場!

スポンサードリンク



新型コロナウィルス感染症問題の影響で、ここ最近、ずーっとテレワークでのお仕事なので、空き時間を活用して、こまめにラジオを収録していくことを前回のブログで宣言しちゃいました。

なので、早速、収録したよ。

今回は、なんと、前回紹介した同じノンバイナリーで、とっても仲良しのあっくんがわたしのラジオにスペシャルゲストとして登場してくれたの!

ここ最近、あっくんラジオにも連続で登場させてもらってたので、だったら、わたしのラジオにもあっくんにゲスト出演しほしいなぁと思ってお願いしたところ、快くOKしてくれました。

あっくん、ありがとう!(*´▽`*)

今回のラジオでは、わたし達の特徴である「記憶共有型の二重人格」、つまり、男性モードと女性モードの人格が切り替わることをテーマとして取り上げ、その切替わりのタイミングについて互いに話してみました。

#21 人格切替りのタイミング

とっても楽しい雰囲気でリラックスして話してます。

あるリスナーさんからは、

「なんか夫婦漫才みたいだね」

って言われましたが、聴き直してみると確かにそうかも。。( ´艸`)

ここ最近、外出自粛の状態が続いている中、ラジオのリスナーさんがどんどん増えているので、このラジオが少しでもお役に立てれば嬉しいなぁ。

これからもジェンダー関する様々な興味深いテーマについてラジオで配信して行くので、楽しみにしていてね!

また、こんなテーマについて話して欲しいとか、その他リクエスト、ご質問があれば、いつでもお問い合わせフォームから遠慮なくご連絡ください。

では、今回のラジオ、是非聞いてみてねー!!

#21 人格切替りのタイミング

スポンサードリンク



ブログ投稿の励みになるので、是非、以下ブログランキングのボタンをポチッと押して応援してくださいねー!

あっくんとラジオでコラボしました

スポンサードリンク



新型コロナウィルス問題で、みんな外出自粛しているから、その状況で何かできないかなぁと思っていて、お友達のあっくんと話していた時にふっとアイデアが降りてきたの!!

あっくんは、身体の性別は私と反対だけど同じXジェンダー&ノンバイナリーで、すっごく仲良くしてもらっていて、しかも、わたしがラジオを始めるきっかけとなってくれた人だよ。

そんなあっくんに、

「あっくん、わたし、あっくんのラジオに出てみたい!!」

「えっ?俺のラジオにゲスト出演するってこと?別にいいけど。」

「やったーーー!」

ってことで、わたしの突然の思い付きから、あっくんラジオにお邪魔させて頂きました!(*´ω`*)

あっくんのイケメンボイスで落ち着いた雰囲気を、わたしの登場ですっかりぶち壊してしまったような気もしなくもないですが、配信後、何度聞き直しても面白かったので、是非聞いてみてね。

あっくんラジオ「性的指向と性的嗜好について」

この収録がすっごく楽しかったので、実は、その次の回にも続けてゲスト出演させてもらって、すでに配信済みでーす。

コロナウィルス問題が落ち着くまでは、一緒にこまめに配信できたらいいなぁ。

そして、わたしのラジオにもあっくんにゲスト出演してもらおうかなーなんて密かに企んでるところ( *´艸`)

なかなかお外に出れないので、せめてウチらのラジオでも聴いて楽しんでくれたら嬉しいな。

スポンサードリンク



ブログ投稿の励みになるので、是非、以下ブログランキングのボタンをポチッと押して応援してくださいねー!

テレワークでカミングアウトしてみた

スポンサードリンク



ここ最近、新型コロナウイルス感染症対策で、ずーっとお家でテレワーク。

家の中だけでずっと過ごす生活の辛さを実感してる…

さて、先日ラジオでも話したけど、そんなテレワーク中に会社の信頼できる同僚にカミングアウトしてみたよ。

テレワークでカミングアウトしてみた

対面形式以外でのカミングアウトは初めてだったので、かなり緊張したー。(^◇^;)

その結果どうだったかは、ラジオ聴いてみてね。

今回改めて分かったことは、カミングアウトは対面かどうかは関わりなく、やっぱり、信頼関係をしっかり築いてから行うことが重要だね。

うまく行くと、すごく自己肯定感が上がって幸せな気分になれるし、その人達とより親密な関係にもなれる。

だから、自分自身の準備と、相手をよく見て、カミングアウトを受け入れられる状態、心境にあるかどうかを見極め、タイミングを図ることが大切と思った。

カミングアウトは、相手にも一定の緊張や覚悟、ストレスなどを与える可能性があるから、一方的で自分勝手にやっちゃダメだね。

わたしにとっては、久しぶりのカミングアウトだったから、緊張したなー。

でも、今回のカミングアウトを通じて、改めて気付いたこともある。

自分の中に2つの人格があるというのは、説明しても、どこまで分かってもらえるかは難しいけど、真剣に話を聞いて理解しようとしてくれるのは嬉しいなぁ。

でも、1回のカミングアウトで全部説明しようとしなくても、時間をかけて何回も説明して行くと、だんだんと理解が深まっていくかもね。

わたしも最近、男性モードと女性モードの自分の違いだけでなく、それぞれの特徴も改めて分かってきた。

自分ですら自己理解に時間かかるんだから、他者に対しては、ゆっくり時間をかけて、少しずつ話して行こうと思う。

それによって、より強い信頼関係が結べるようになると嬉しいなー。( ´∀`)

スポンサードリンク



ブログ投稿の励みになるので、是非、以下ブログランキングのボタンをポチッと押して応援してくださいねー!

自分のジェンダーと向き合うこと

スポンサードリンク

前回ご紹介したわたしのラジオ、なんだかんだコンテンツ増えてるよー。

男?女?かおちゃんのノンバイナリーなジェンダー話

ノンバイナリーのわたしが普段思っていることを話してるんだけど、それを通じて自分のことについて考えるとっても良いきっかけになってる。

こうやって自分のことについて話すのは大切なことだなぁと思った。

このブログを書くことも発信することの1つなんだけど、最初の頃から比べると自己理解がめっちゃ進んでる。

最初は、自分のことを女装子とか男の娘とか言ってたけど、今考えると、結構恥ずかしい。。(*´Д`)

まぁ、でも、そういう時代もあったなぁと今では思えるし、それを忘れたくない自分もいるから、昔書いたことは、まだしばらく残しておこうと思ってるよ。

このブログ始めた頃って、自分はもう男ではないんだ!っていうものすごく強い謎の覚悟を持ってたんだよね。

だけど、自己理解が進んだ今分かっているのは、自分には男性に近い人格もいるし、女性に近い人格もいる。

そして、それが状況や相手によって入れ替わる。

それが自分。

スポンサードリンク

だから、今は男性に近い部分を否定することはしないし、女性に近い部分を神格化することもない。

自分のジェンダーと向き合い、受け入れた今だからそう言える。

ちなみに、今日はメイクしてスカート履いて、大切な人と一緒に食事に行ったりカラオケしてたよ。

そんなめっちゃ女の子な恰好してても、男性に近い人格が出てきたり、また女性に近い人格が出てきたりしてた。

そして、その人格によって声もしぐさも感じ方も変わる。

今はね、そういうのも結構楽しめるんだ。

なんか面白いなぁって。

例えば、男性に近い人格が出てくると、自分がスカート履いてることに対して、「マジかー。。」って感じで、急に違和感感じたりするんだよね。

もちろん、記憶は共有してるから、女性に近い自分がスカート履いたことはちゃんと覚えてるんだけど、「ううっ、これ着たんかよぉ・・・」って後で思う。

男性に近い自分と女性に近い自分では、座り方も変わるから、スカート履いてても、男性に近い自分が出ると、急にはしたない座り方になっちゃう。

そんな感じだから、出張に行く時は、いつも荷物が多くなる。

なぜなら、男性に近い人格と女性に近い人格で着たい服が違うから、両方を満足させるためには、結構大変。。

だから、周りの人にはよく、「なんでそんなに荷物が多いんですか?」って聞かれるんだけど、毎回返答に困るんだよね。

先日、もう長いこと付き合いのある会社の人に自分のことをカミングアウトしてみたら、「今後どういうふうにして欲しいですか?」って真剣に聞かれて、すごく嬉しかった。

わたしは、わたしらしくいれるようになりたい。

「わたしらしく」とは、男性に近い自分も女性に近い自分も自然に出せて、何の違和感もなく受け入れられること。

それは、自分が自身のジェンダーと向き合い、自分を受け入れることが最初の一歩。

それが最近少しずつできるようになってきたなぁと思う。

そして、だんだんと生きるのが楽になってきた。

わたしのラジオでは、そんなわたしが普段思っていることを様々なテーマに分けて話してるから、是非聞いてみてね!
「いいね」押してくれると、コンテンツ作りに張り合いが出るので嬉しいなぁ。。

男?女?かおちゃんのノンバイナリーなジェンダー話

スポンサードリンク

ブログ投稿の励みになるので、是非、以下ブログランキングのボタンをポチッと押して応援してくださいねー!